憑依動作遊戯【野狗子: Slitterhead】

2025年3月5日水曜日

Good PC アクションゲーム 感想

t f B! P L

野狗子: Slitterhead は 2024年発売のアクションゲーム。

サイレントヒル、SIREN を生んだゲームクリエイター外山圭一郎氏が率いる Bokeh Studio の第一作目となるタイトルであり、The Game Award 2021 でのトレーラー公開から注目されていた作品。

1990年代末期の香港・九龍を舞台に、人間へ擬態し脳を食らう「野狗子」との戦いを描く3Dアクションアドベンチャー。主人公ともいえる「憑鬼」は実体を持たず、人間に憑依することでクリーチャーへと対抗する。「憑鬼」と相性が良く他の人間よりも群を抜いた能力を発揮できる「希少種」の協力を得ながら、「野狗子」を狩り真相へと近づいていく。


本作は20時間程度プレイ
トゥルーエンド到達済みで収集物・各能力のレベルアップはコンプリート
ゲーム自体は NORMAL で進行させ、最終決戦を含むいくらかのステージについては NORMAL/NIGHTMARE の2つでクリア

結果的に尖っている

野狗子: Slitterhead はかなり尖っている作品である。

ただ、作品のシステムやビジュアルが単に特異だというわけではない。

もちろん設定や世界観、キャラクター・クリーチャーデザインには目を見張るものがあるし、憑依システムというユニークな要素も有効的に活用できている。
ただ、一般的なアクションや戦闘面においては、(3Dアクションゲームとして)革新的であったり秀でた点を見出すことは難しく、一通り遊んでいく中で満足度にムラが出てくる。

こういったインディーズタイトルでは、リソースを集中させることで凡庸な作品として埋もれないような尖鋭さを持たせることがある。
ただ、本作の偏り具合が意図されたものであるかといえばおそらくはそうでない。
アクション面の物足りなさは単純にシステムや演出で噛み合いの悪さによるもので、結果としてガワの部分が突出しているように見えた。

故にアクションや戦闘面に期待を持っている人にはフィットし辛いだろう。
その上で全体の世界観が合うかどうかが最終的な評価の大きな分かれ目となる。

これ以降は本作の魅力と課題を紹介しつつ、感想を綴っていこうと思う。

煌びやかで暗い空間

本作はライティングを活用した雰囲気作りが徹底されている印象がある。
直近のゲームタイトルとしてグラフィックが秀でているというわけではないものの、限られたリソースの中でしっかりと視覚的な演出を出来ているように思えた。
舞台には煌びやかなネオン街や混沌としたスラム街などが登場するが、共通してどこか仄暗さを垣間見せており、陰鬱とした空気が漂っている。これは人に擬態した野狗子が影を落とす街の不信感や重苦しさと非常にマッチしている。

煌びやかに輝くネオンサインと対照的に陰気さが漂う路地

ナイトクラブの看板は蠱惑的な輝きを魅せる一方で闇も強調されている

九龍スラム街。史実と異なり90年代末期にも残っているが取り巻く状況は同じようだ。

この雰囲気に反して、ゲーム的にはジャンプスケア的な演出はほとんどないのも特徴的であり、ゲーム全体で作り出されている恐怖へ不必要な揺らぎを与えず、体験のペースをプレイヤーが握りやすい作りになっている。
そのため、この重苦しい雰囲気、常に何かに狙われているであろう空気感ををじっくり味わえる点も魅力の一つといえるだろう。

「野狗子」

本作の敵となる「野狗子」は独特のグロテスクさを有しており、この点も本作の魅力といえよう。

人間に擬態している「野狗子」のデザインは実際の擬態生物をモチーフとしつつ、より凶暴や残忍さ、生命体としての異質さを際立たせたものになっている。
元は人間を宿主としているのだが、不可逆と思しき変身プロセスによって禍々しい姿のクリーチャーへと変貌する。その姿には人間であった痕跡も残ってあり、よりおぞましさを強調させている。

このクリーチャーデザインは人間が真っ向勝負で立ち向かえるような相手でないこと、人間というものを軽視できるほどの存在であることを強調しており、本作における「野狗子」と「人間」の関係性やパワーバランスを表現しているように感じた。

大型の野狗子は生命体としての恐ろしさや嫌悪感を掻き立てるようなデザイン

ぶら下がっている干からびた人体はその前まで人間であった証でもある。
一方で人間の面影を多く残した敵や妙にシュールな造形のクリーチャーも登場している。
特に後者については、ゲームの雰囲気を壊さぬままユーモアを織り込めている。

独特の気持ち悪さと滑稽さの両立したこいつは「野狗子」ではなく「紐蟲」という。

憑依

主人公は実体のない霊的な存在であり、物理的に人を喰らう「野狗子」に対抗する手段を持たない。
そのため、裏路地を彷徨う野良犬や街を行き交う人々、ベランダで黄昏ている住民などへ憑依し、探索や戦闘を行うのが基本となる。

また、本作は頻繁に憑依先の乗り換えをせざるを得ない造りにもなっている。

例えばステージ構成。
物理的に通過できないような柵やジャンプで届かないような高所への移動が必要となる場面が出てくるのだが、こういった際も憑依対象を変えることで突破できる。

これらの乗り換え操作はカットシーン中を除けばいつでも無制限に行える上、憑依に関する操作もテンポがよい。
この手軽さは「憑依をガンガン行え」というメッセージを感じる部分でもあった。

乗り越えられない高さの柵は向こうにいる人間に乗り移れば無視できる

ボタンを長押しして宿主を抜け出し他の憑依先を探す

黄色くハイライトされている対象がいればワンボタンで憑依ができる

戦闘面でも同様だ。

例えば、「憑鬼」は宿主が死亡ないしダウンするとペナルティがある。回避するためには死亡する前に生存している別個体へ移る必要がある。

希少種と呼ばれるキャラクターは戦闘能力と耐久力が高いのだが、しばらくは通常の人間で戦わねばならない場面が多分に出てくる。
通常の人間はいずれも耐久値が低く、無茶をすれば簡単に死んでしまうため、小まめに憑依先を切り替えて、数で対抗する必要が出てくるのだ。
また、希少種も一人で複数の「野狗子」相手に立ち回れるほどの強さは持っていない。高難易度では顕著だ。

つまり、あらゆる戦闘で「憑依」を駆使するようにデザインされている

誰かに大声で陽動させつつ他の人間で「野狗子」の背後を叩いたり、耐久値のある希少種で暴走スキルを吐いて特攻させている間に周囲の救助や回復を行ったりと、憑依を活用した疑似的な並行処理には普通のアクションゲームでは体験しづらい面白みがある。

モブ市民も利用して対抗せざるを得ない場面

モブのままクリアするとスタイリッシュなクリア演出にそのまま組み込まれる

加えて、ストーリーの中でも「憑依」はしっかり重要なファクターとして取り上げられており、乱雑に扱われていなかった点も個人的には良かったポイントだ。

とどのつまり、本作の根幹をなすシステムはゲームの方向性とプレイ感覚、そしてレベルデザインの実態が合致しており上手く作用している。

「ディフレクト」の意義

ここからは本作の課題と言える部分について触れていきたい。
その具体的な内容に触れる前に一つ紹介したい本作のシステムがある。

それは「ディフレクト」だ。平たく言えばパリィシステムである。

よくあるパリィはタイミングよくガード入力を入れたり、タイミングよく攻撃入力を割り込ませる方式が多い。

一方でディフレクトの場合はやや複雑な方式を取っている。

プレイヤーがガード入力している際、相手がパリィ可能な攻撃を行うと、その攻撃の方向に合わせて青白い光が操作キャラクターの周りに出現する。
その光が強く輝くタイミングでその向きに右スティックを傾けられるとパリィが成功する仕組みだ。
このディフレクトを何度か成功させてゲージを貯めると、「ブラッドタイム」と呼ばれるバレットタイムに突入でき、軽度なスタンを与えるだけでなく、数秒間一方的に攻撃を浴びせられるようになる。

キャラクターに対して9時方向に光が

光ったタイミングに同じ方向に入力して

9時方向からの攻撃をディフレクト。ゲージも溜まっていたのでブラッドタイムに。

さて、ディフレクトはユニークで直観的な面白い仕組みに見えるのだが、プレイ体験という面では足を引っ張っている印象が強かった。

というのも、このシステムの実現のために払う・払われた犠牲が思いのほかに大きかったのだ。

まず、ディフレクトは相手の攻撃方向とパリィ入力がリンクしているシステムである。
そのリンクを保つためガード入力中は常に主人公の背後からのカメラとなるのだ。
狭い路地や屋内での戦いが非常に多い本作においては、この背後固定のカメラはかなり悪さをしてしまう。
壁際や角に押し込まれ、満足な憑依先もないといった場面があり、一度そうなってしまうと何が起きているのか把握しづらい現象になってしまうのだ。

また、パリィ成立までの手順を思い出してほしい。ガードボタンの入力に加えて「右スティック」の方向入力が必要である。
通常は右スティックはカメラコントロールに用いられており、いわゆる攻撃待ちの時だけパリィのコマンドとして機能している。
左スティックは移動、十字キーはスキルの選択で使用している中で、ガード入力中は方向系のアサインが丸々一つ消える状況になってしまっているのだ。
こうなると苦しいのがロックオン対象の切り替え等が必要な混戦時だ。ロックオン切り替えに該当する方向入力がなく攻撃対象が絞れない場面もある。

つまり「方向」に強く依存させたがために、登場する舞台や環境とミスマッチを起こしており、広い範囲でのプレイフィールを損ねてしまっているのだ。

また、ディフレクト自体のメリットが弱いという問題点もある。
道中の雑魚的であればまだしも、人間に一度擬態した後の「野狗子」は攻撃力もさることながら弾くことができない攻撃の頻度も高くなる。
ディフレクトの明確なリターンを得るには複数回のパリィ成功が必要だが、一撃の攻撃力が高い敵も増えてくる後半においては、ますますリスクだけが膨れ上がっていく。
こうなってくると一人のキャラクターの力でどうにかするよりかは、作品のテーマにもある「種としての数の力」を用いた戦いがますます有効になってくる。

つまり、真正面でディフレクトやブラッドタイム狙いの待ちを行うよりかは、次々に憑依先を切り替えながら、憑依時のパッシブスキルを使ってヘイト分散させながら叩く方が強い。
コアシステムである「憑依」があまりにゲームと高い親和性を発揮してしまっているのもあって、ディフレクトのユースケースが腐ってしまっている印象が強かった

特に NIGHTMARE にまでになると一つの被弾が大きな痛手になるだけでなく、攻撃リソースや回復リソースを失うキッカケになりやすく、憑依を繰り返すことでヘイト分散させた方が圧倒的に楽だった経験がある。

結局のところ、ディフレクトの入力方式の意義は感じづらく、パリィシステムとしての完成度も高くはない。というのが一通りプレイして感じた印象であった。

戦闘システムの弱み

本作の背景にある設定はゲームプレイにも強く反映されている。
というのも「野狗子」は攻撃力や耐久力が共に高く設定されている。
ノックバックやスタンはあまりせず固い上、攻撃面では一撃のダメージが大きかったり、切断攻撃や毒、デバフ等でこちらの手を制限してくるため非常に強力だ。
それに対して人間は非常にもろく、弱い。
希少種こそ大幅な強化をされているものの、通常の人間は数発でダウンするほど脆弱であり、こちらの攻撃も強くなく一蹴されることもしばしばだ。

この不平等ともいえるパワーバランス自体はよく見かけるものだ。
本格的な3Dアクションゲームで大型のクリーチャーやボスと対峙した際に、そういった環境下におかれることも多く、これ自体が一種のレベルデザインの手法になっている側面もある。

ただ、本作の場合はこの不均衡が上手く機能させられておらず、面白さを損なう一端を担ってしまっている印象だ。
おそらくは早い段階で敵が固くなる点やカメラ、そして搦手として存在するディフレクトがいまいち活きてこない影響だろう。

本作の敵として登場する「野狗子」には様々な様態が存在している。
その中でも最も人間に近い蛹体とよばれる形態は雑魚的扱いで気軽に運用されており、狭い通路でもガンガン使用されているのだが、他の雑魚的と比べても固く、行動阻害の性能が高めに設定になっている。
これが頻繁に登場するものだから、途中から「あんまり動じない敵をペチペチ叩いている」といった光景を目にしやすくなっている。
こうなってくると戦闘中にアクションの爽快感は覚えづらく、むしろ単調さが強調されてしまっている。

また大型の完全体も途中からポンポン障壁として運用されるようになる。
そこまでくると、ディフレクトを大真面目に狙いに行く理由が薄くなってくる面もあり、戦闘中における変化はより少なくなっていってしまうのだ。

これはボス戦でも顕著で、一部はギミックにより動きに変化が求められるケースはあるものの、大体の内容は通常戦闘のコピーとなってしまう。

本来、ストーリー設定と繋がったクリーチャーの特徴付け自体は、歯応えとして戦闘の面白さに繋がってくる部分であったと思う。
しかし、全体を通してみてみれば戦闘システムの弱さを浮き彫りにさせてしまっていた

勿体ない「希少種」

ここで個人的に惜しいと感じた点に触れておこうと思う。

公式のデジタルアートワーク内でも触れられているのだが、本作はリソースの制約により削られた部分もいくらかあったそうだ。
プレイ中にこれを感じる場面はいくらかあった。

その中でも最も大きなポイントは希少種を活かしきれていない、各々の特徴付けが不足しているように感じられた点だ。
8人それぞれ掘り下げや見せ方、差別化周りが物足りなさを覚えたのだが、この究極的な要因は実装の数的な問題でもあることから、最たる要因は開発リソース周りの制約だろうと推測してしまった。
では、どういった点で物足りなさを感じたかを紹介したい。

まずはボイス周りだ。
途中途中で憑鬼と希少種を始めとする登場人物同士の会話が挟まるのだが、カットシーンのムービーを除くとボイスは相槌程度の定型ボイスの使いまわしになっている。
ステージ内ならまだしも、拠点での会話でも同じような形式になっているのだが、種類の乏しさから悪目立ちしてしまっている印象を覚えた。
クレジットを見る限り全員別のボイスアクターを起用していただけに勿体なさも感じる。

モーションについても残念だった点がある。
似た武器種の「希少種」のペアで戦闘時のモーションが流用されているのもあり、実質モーションが4種しかない点も個人的に悲しい要素だった。

キャラクターのコスチュームシステムにも残念な部分があった。
特定の条件を満たすことで各希少種の衣装や顔を覆うマスクを変更できる仕組みになっている。
ただ、希少種の中でもメインといえる2名を除くとバリエーションの変化が乏しく、あって色違い程度であったので、コスチュームを収集する面白みに欠けていた点も惜しい。

ゲームを進めていく中で「希少種」の変化を楽しめる場面が思ったより多くなかった。
この点については、おそらく開発リソース上どうしようもない部分ではあったとは思いつつも、勿体ないなぁと感じた部分であった。

個人差ある物語への評価

ついでにストーリーの展開についても軽く触れておこうと思う。
なお、本ブログはネタバレを考慮しない方針ではあるものの、本作については明示的な説明は避けようと思う。

ストーリーの評価にあたっては構造の意外性と収束がキーとなっている。

本作の物語はよくあるタイプの話ではあるのだが、序盤では全くそういったものだと推測しづらい造りになっていて、転換が発生した際にそこに面白みを感じられるかが重要だ。
またその上で収束を図る展開とはなっていくのだが、この収まり方が腹落ちするかどうかも評価の大きな分岐点となるだろう。

私個人としてはこの転換については面白いなとは思いつつ、その上で導入された真相的な概念についてはちょっと飛躍を感じる部分があり、その概念を中心とするストーリーについてはそこだけ急ぎ足で駆け抜けられてしまい、こちらとしては解消されたのかあやふやになってしまった。
本作のエンディングについては(着地として綺麗であるかと言われると微妙な部分はあれど)そこまで悪くなく、これも一つの収め方だろうという納得感は得られたので満足寄りではあった。

期待


本作は Bokeh Studio の記念すべき1本目であり、チームの規模や販売価格からすれば満足できる作品であった。

もちろん、戦闘面のような”動”の部分への課題は無視できるほどの小さい問題では決してない。
ただ、設定やデザイン、コンセプトといった”静”の部分は唯一無二であり、その部分だけでも刺さる人にはきっちり刺さるような代物でもある。

発売後にアップデートも行われており、本作が抱える課題の抜本的解決は難しいとは思うが、ストーリーをなぞる程度であれば遊びやすくはなったようだ。
独特な世界観に興味をそそられたプレイヤーは手に取ってみても良いかもしれない。

この「野狗子」自体にアップデートが入り 1.5 ともいえる作品になっていくのか、はたまた続編が作られるのか、それとも全く別の枠組みのゲームが作られるのかはわからない。
ただ本作で発揮されたスタジオの強みを生かしつつ、触って動かして楽しいと思えるゲームが Bokeh Studio から生まれることを期待したい。

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